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  • 2020.09.20

    野球|岩手|2020.09.20

    アスリートたちのセカンドキャリア  第1回 
      
    久慈中学校教諭  三浦翔太

    撮影◉間垣幸子 文◉郷内和軌

    アスリートたちのセカンドキャリア   久慈中学校教諭  三浦翔太

    三浦翔太(みうら・しょうた)
    ◉1989年11月10日生まれ、大槌町出身。盛岡大学附属高校では澤田真一監督の薫陶を受け、1年春からベンチ入りを果たし、3年夏に背番号1を背負う。岩手大学では澤村省逸監督に才能を見出され、北東北大学リーグで2度の優秀選手賞を受賞。2011年のドラフト会議で福岡ソフトバンクから育成3位指名を受け、東北の国公立大学から初のプロ入りを果たす。14年に現役引退。16年から中学の保健体育教師として勤務する

    胸を張れる人間を、次は自らが育てたい

     久慈中学校の三浦翔太先生は、2012年から3年間、福岡ソフトバンクでプレーした元プロ野球選手だ。中学教師となり、今年で5年目。保健体育の教科を受け持つ傍ら、クラス担任としても、せわしない日々を送っている。

     

     野球を始めたのは小学3年から。幼い頃からの夢は当然、プロ野球選手だった。だが、中学時代のある出会いによって、教師という仕事に憧れを持つようになる。

     

     「当時、私はひねくれた生徒でしたが、そんな自分を受け入れてくれる先生がいました。間違ったことをしても、どっしり構えてくれて『大丈夫だから』『心配するな』と声を掛けてくれる。

     

     そのおかげで私も、何事に対して前向きになれました。それで『子どもに影響力を与えられる仕事はすごいな』と思ったんです」

     

     とはいえ、根っからの野球少年。幼い頃から抱き続けていた夢も、そう簡単には捨てきれなかった。それゆえ高校の進路選択は、人生の中でいちばんのターニングポイントになったと振り返る。

     

     「野球で上を目指したくて、3年の冬になって親に『盛附(盛岡大学附属高校)へ行きたい』と話したのですが、すぐに反対され、1か月間は口も聞いてもらえませんでした(笑)。

     

     ただ、自分はどうしてもあきらめきれなかった。なので『高校3年間、やれるだけ野球を頑張ってみる。でも、野球で結果が出なかったときは、中学の先生になれるよう、勉強もちゃんと頑張ります』と腹をくくり、特進クラスへの進学という形でなんとか認めてもらいました」

     

     理想とする『夢』だけでなく、現実的な『目標』に対しても同時にアプローチする。中学生とは思えない芯が通った考えで、将来への〝覚悟〟を決めた当時の三浦先生。高校では、他の部員より授業時間が多く、毎日練習は1時間遅れての合流だった。

     

     土日も課外授業があり「みんなと一緒にウォーミングアップができたのは大会の時ぐらい」と言うが、その真面目な性格と気骨の精神で、文武両道を見事に体現。3年夏にエースナンバー1を獲得する。

     

     進学した岩手大学では、北東北大学リーグで通算35勝、400奪三振を挙げるなど、計7つのリーグ記録を塗り替える金字塔を打ち立てた。

     

    岩手大学時代の三浦先生。現役時代はアンダースローの技巧派投手として腕を鳴らした

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